人生の楽しみ方

風変りな友人の話

「賢者になるにはどうしたらよいか」
そんな一風変わった難問に長年挑戦している友人「惠藤憲二(仮名)」を紹介しようと思う。
彼とのアマチュア哲学者のような会話(ちなみに私も彼も建築学科の学生だ)は、他の友人たちには大いに不評で、「わけがわからい。」「そんなこと考えて意味あるの?」などといったありがたい助言をいただいてしまうため(ごもっともだと思う)、最近の議論の場はもっぱら大学の近くのスタバだ。
さて、そろそろ私の奇妙な友人、惠藤憲二が、いかに「賢さ」というものに対してまじめに取り組んでいるかを説明しなくてはならないだろう。
例えばある日の仮設はこうだ。
「四国八十八個所を回って悟りを開けば賢くなれる」
意味がわからないかもしれないが、この結論に達するまでには色々と複雑だった。
複雑だったのだが、大切なことは惠藤憲二がこの意味のわからない計画を本当に実現させてしまったことだった。

 

なんと徒歩で。

 

惠藤憲二のやること成すこと全般にいえることだが、彼のやることは常に徹底している。
そして彼が何かを諦めるところを見たことがない。
結局彼は、夏休みを利用して通常40日以上はかかるという1400kmのいわゆる「通し打ち」ルートを30日で走破した。
旅から帰ってきた彼が、邪気の全くない爽やかな顔で
「やっぱり修行で賢くなるのは無理だ」
といったあの言葉はなかなか忘れられそうにない。

 

のちに惠藤憲二に聞いたところでは、修行で悟りとやらを開くのはそもそも無理だと、かのブッダが明言しているのだそうだ。本当に無理なのかどうかをわざわざ確認するあたりが実に彼らしい。
旅から帰ってきた翌日から普通に授業を受け、私とスタバで意味のない討論に興じる惠藤憲二をみていると、「賢さ」とは何かを考えずにはいられない。
彼の行動は一見ばかばかしいのだが、仮説を立て、検証手段を作成し、目標を達成するまでの彼は本当に素晴らしい。

 

今日も今日とて、小一時間ほどコーヒーカップの水面を見つめていた彼が次に何をするのか、楽しみな私なのである。
さてさて、今回も私の愛すべき妙な友人、惠藤憲二(仮名)の話を書かせていただく。

 

「賢者」になるために日々努力を欠かさない惠藤憲二は、最近常軌を逸するほど大量の本を読み続けている。
彼が「本を大量に読まねば!したがって速読をマスターする」と高らかに叫んだのがちょうど一か月前。なんでも偉人の共通点として読書家であったという点を見出したとのこと。
それまで彼が建築学会の論文を読む姿はよく目にしていたが(私とこの変わった友人は建築学科の学生なのである)、専門分野以外の本は殆ど読んでいなかったはずなのである。
そんな惠藤憲二が「世界一わかりやすい「速読」の教科書」なる本を買っていつものスタバで読み始めたのが1か月前。
今日の彼は、ほとんどパラパラ漫画をやる時の速度で「ホーキング未来を語る(かの有名なホーキング宇宙を語るの続編だ)」と「死刑囚 最後の晩餐(アメリカの死刑囚に与えられる最後の晩餐と呼ばれる食事を通じて食事と犯罪の関係を探る本)」をものの20分で読み終えていた。
何かの本で、速読は極めると写真を撮るように本の内容を記憶することができるようになると読んだことがあったが、まさか実物にお目にかかれる日がこようとは思わなかった。
そんな惠藤憲二のこのたびの目標は「大学の図書館の本をすべて読み切る」だそうだ。
実はこの目標は達成不可能である。
なぜなら私と惠藤憲二が利用する大学図書館の蔵書数は100万冊を優に超えているのだから(余談だが、天下の東京大学の蔵書数は800万冊以上とのこと、どこに保管しているのか不思議な数だ)。1日100冊読んだとしても約30年かかる計算である。

 

それでも決してあきらめないのが私の愛すべき友人、惠藤憲二だ。

 

目標に対して最適な手段である速読を見事にマスターし、現状でとりうる最高の方法で知識を吸収する。
方法がないからと、ただ諦めるのではなく。手の届く範囲でベストを尽くすこの友人の姿勢を私はひそかに見習っている。